軒先で支那人が、
「反物入りまションか」
 と云っているだけです。
 春夫さんはあの支那人が誘拐《かどわか》したに違いないと思いました。
 どこに美代子さんを隠したのだろうと思いながら、見えかくれにあとからついて行きますと、支那人は二三軒門口から呼び歩きましたが、間もなく真直ぐに街を出てだんだん賑《にぎ》やかな処へ来ました。そうしてこの街で一番繁華な狭い通りへ来ると、そこの暗い横露地へズンズン曲り込んで、黒い掃《は》き溜《だめ》の横にある小さな入口へ腰をかがめて這入ると、アトをピシャンと閉めてしまいました。
 春夫さんは、この支那人が美代子さんを誘拐《かどわか》しているのじゃないのか知らんと思って、あたりを見まわしましたが、念のため横にある黒い箱にのぼって、その上にある小窓からガラス越しに中をのぞいて見ると、中は真っ暗で何も見えません。只|直《す》ぐ眼の前に大きな階段が見えるだけです。そうしてその上の方から聞こえるか聞こえぬ位、かすかに女の子の泣き声が聞えて来るようです。
 春夫さんは試しに窓を押して見ると、都合よくスッと開《あ》きました。占めたと思って、そこから機械体操の尻上りを応用
前へ 次へ
全9ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング