口真似をしました。
 支那人はこの時大変こわい顔をしましたが、何も知らずに羽子をついている美代子さんのすぐうしろに来て、小さな金襴《きんらん》の巾着《きんちゃく》をポケットから出してその口を拡げながら、
「オーチンパイパイ」
 と云いました。美代子さんは矢張り何気なく羽子をつきながら口真似をしました。
「オーチンパイパイ」
「ハッ」
 と支那人が大きなかけ声をしますと、美代子さんは羽子と羽子板ごと影も形も見えなくなってしまいました。
 支那人は又ニヤリと笑ってあたりを見まわしましたが、そのまま巾着の口を閉じて懐中へしまって、反物を担いで今度は隣家《となり》の門口へ行って知らぬ顔で、
「けんとんけんちゅう[#「けんとんけんちゅう」に傍点]入りまションか」
 と呼びました。
 美代子さんのおうちの玄関で勉強をしていたお兄さんの春夫さんは、支那人が妙なかけ声をすると一時《いちどき》に羽子板の音が聞こえなくなりましたので、変に思って障子を開けて見ますとコハ如何《いか》に、たった今までいた美代子さんが影も形も見えません。いよいよ変に思って表へ駆け出して見ると、お天気の良い往来に人通りも無く、二三
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