ら拳固を振上げた。三好が一間ばかり横に飛び退《の》いた。
「アハハハ。その代り起業祭の角力《すもう》の懸賞はオンチのものだろう」と戸塚がオダテるように又野を見上げた。又野が苦い顔をして笑った。
「インニャ。俺あ今年や角力取らん」
「エッ」二人とも驚いたらしく又野の顔を左右から見上げた。又野は真剣な――しかし淋しそうな顔をしていた。
「馬鹿な……オンチだなあ……みんな期待しているんじゃねえか。鼻の先に水引《みずひき》がブラ下がっているんじゃねえか。今年の起業祭には会社が五千円ぐらいハズムってんだから懸賞の金だって大きいにきまっているんだぜ。何故、取らねえんだ……オンチ……」
「ウウン。それじゃけに俺あ取らん。キット取れるものをば毎年、取りに出るチウ事は、何ぼオンチでも面火《つらび》が燃えるてや……のう……」
といううちに又野はモウ赤面しながら苦笑した。正直一徹な性格が、その苦笑の中《うち》に溢れ出ていた。
「惜しいなあ。みんな君の力を見たがっているんだになあ」
と三好が諛《へつら》うように又野を見上げた。その時に又野がパッタリと立止まった。
「アッ。きょうは十日……俸給日じゃろ」
「
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