その時に中野学士の胸のポケットからハミ出していた白いハンカチが、フワリと火の海の上に落ちてメラメラと燃え上った。トタンに中野学士が人間の力とは思われぬ力と声を出した。
「……グワ――アアッ……」
中野学士のお尻の処の布地《きれじ》が、又野の指の間で破れて、片足が足首の処まで火の海の中へ落ち込んだのであった。同時に硫黄臭い水蒸気と、キナ臭い煙を多量に交えた焔が燃え上って、又野の顔から胸の処まで包んだ。しかしそれでも又野は中野学士の背中を離さなかった。中野学士も又野の両腕にシッカリと抱き付いたまま膝から下を燃やしていた。
近付いて来た足音が、その上で立止まった。
「ここだここだ。ワッ。臭いッ」
「ウア――。大変だ。人間が焼け死によるぞッ」
七
暁の光りと、明け残った半月の光りが、雪のように真白な大地の霜を、静かに照していた。
星浦駅前の砂利だらけの広場に、淡い影法師を落しながら、鼈甲縁の眼鏡をかけた三好がスタスタと遣って来た。とても職工とは見えないスマートな茶縞の背広服に黒い冬オーバーの襟を深く立てて、左脇に四角い新聞紙包みをシッカリと抱えている。
一番汽車に乗
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