油脂の類を片端から燃やしつつグングンと流れ拡がって行く。その端々、隅々から赤や、青や、茶色の焔がポーッと燃え上るたんびにそこいら中が明るくなって、又、前にも増した暗黒を作って行く物すごい光景を、薄板工場の中から湧き起るケタタマシイ雑音の交錯が伴奏しつつ、星だらけの霜の夜を更けさせて行く。
その数百坪に亘る「※[#「金+皮」、第3水準1−93−7]《かわ》」の火の海の上へ、工場の甲板《デッキ》から突出ている船橋めいたデッキの突端に、鳥打帽、菜葉服姿の中野学士が凝然と突立って見下している。地の下から噴き出す何かの可燃性|瓦斯《ガス》が、火の海の中央を噴破《ふきやぶ》って、プクリプクリと眩しい泡を立てている、その一点を凝視したまま動かない。その瘠せた細面にかけた金縁の眼鏡に火の海が反射して小さな閃光を放っている。
その背後《うしろ》にモウ一人、職工姿の戸塚が、影法師のように重なり合って突立っている。鳥打帽を冠って、眼鏡をかけているところまで中野学士とソックリである。それが中野学士の背後《うしろ》から覗き込むようにして、何かヒソヒソ囁やいている様子であったが、やがて返事を催促するかのように
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