「オイ、三好。中野さんと戸塚の野郎は前から心安いんか」
 三好が仄白い光りの中で片目をつぶって笑った。
「戸塚は中野さんの世話で製鉄所《ここ》へ入ったんだ。自分でそう云ってたじゃねえか」
「そうじゃったかなあ……忘れた……」
「中野さんの処へ戸塚の妹が、女中になって住込んでいる。その縁故なんだ」
「そうじゃったかなあ……なるほど……」
「中野さんは九大出の秀才で、柔道が三段とか四段とか……」
「うん。それは知っとる。瘠せとるがちょっと強い。一度、肩すかしで投げられた事がある」
「この頃、社長の星浦さんの我儘娘を貰うことになっているんだ……中野さんが……」
「知っとる。あの孔雀さんちうモガじゃろ」
「ウン。それで社長から海岸通りに大きな地面を貰っているんだが、結婚前に家を建てなくちゃならんし、自動車も買わなくちゃならねえてんで、中野さんが慌て出している。相場に手を出したり、高利貸から金を借りたりしているっていう戸塚の話だ」
「戸塚の妹が喋舌《しゃべ》ったんか」
「そうらしいよ」
 コスモスの向うの中野学士はほかの四人の指導者《コーチャー》格らしく、中央のネット際に立って前後でボールを打
前へ 次へ
全46ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング