き》をば取ってやらにゃ」
 三好はやっと振り返った。
「それよりも、もし戸塚が万が一にも赤い主義者だったら大変じゃねえか。君は在郷軍人だろう」
「ウン。在郷軍人じゃが、それがどうしたんかい」
「どうしたんかいじゃねえ。彼奴《あいつ》の手に渡ると十二万円が赤の地下運動の軍資金になっちまうぜ」
「ウン。それあそうたい」
「腕を貸してくれるな……君は……」
「ウン。間違いのない話ちう事がわかったら貸さん事もない」
「そんなら耳を貸せ」
 三好は又野の耳に口を当てて囁いた。
「その犯人が今ここに来る」
「エッ……」
「見ろ……今事務室の方からテニスの道具を持った連中が五人来るだろう。あの中に犯人が居ると俺は思うんだ。いつでもここでテニスを遣りよる連中だ。ここで何度も何度もテニスを遣って、ドンナ大きな声を出しても、ほかに聞こえない事をチャンと知っている奴が、思い付いた事に違《ちげ》えねえじゃねえか。見てろ……俺の云う事が当るか当らねえか……」
「サア……」
 そう云う又野の表情が、いくらか緊張から解放されかけた。三好の推測が、すこし当推量《あてすいりょう》に過ぎるのを笑うつもりらしかった……が…
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