こうとして、うっかりポケットからインテリの証拠を引っぱり出して拭いちゃったんだ。新しい地下足袋ってのは間に合わせの変装用に買ったものに違《ちげ》えねえんだ」
「お前のアタマの方が、戸塚の頭よりもヨッポド恐ろしいぞ」
「アハハハ。冷やかすなってこと……アタマは生きてる中《うち》使っとくもんだ。まだあるんだぜ。……いいかい……西村さんが十四銀行から金を出して来るのはいつも十の日の朝で、九時キッカリらしいんだ。それから人力車に乗って裏門で降りて、ここを通って事務室へ行くんだろう……なあ……しかもここは、いつも芝居の稽古をやっている処だし、どんなに大きな声を出したってスチームの音で消えちまうんだから、誰が見ていたって本当の人殺しとは思わない。まさかに真昼間、あんな大胆な真似をする者が居ようなんて思い付く者は一人も居ないだろう。見ている人間は皆芝居の稽古だと思ってボンヤリ眺めているだろう……だから、真夜中の淋しい処で殺《や》るよりもズッと安全だっていう事を前から何度も何度も考えて、請合い大丈夫と思い込んで計画した仕事に違いないんだから、ヨッポド凄い頭脳《あたま》の奴なんだ。職工なんかにこの智恵は
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