さ」
と三好は慌てて鼈甲縁をかけ直した。
「証拠にゃならねえが……俺達が味方にならねえと諦らめて、ほかの処へ同志を作《アジ》りに行ったものと思えば、そうも見えるだろう」
そう云ううちに三好は、菜葉服のポケットからバットを出して、又野にも一本取らせて火を点《つ》けてやった。
二人はコートの端の草の上に尻餅を突いた。工場の上を長閑《のどか》に舞っている二羽の鳶を二人とも仰ぎ見た。その上を流れる白い雲も……。
「恐ろしい疑い深い人間やなあお前は……」
又野はイヨイヨ不愉快そうに顔を撫でた。その横頬を熱心に見ながら三好は笑った。
「ハハハ。まだあるんだぜ。戸塚があの死体を西村さんと云い出すなり、直ぐに俸給泥棒と察して、追かけて行った時の素早かった事はどうだい。普通《ただ》じゃなかったぜ。あの意気込は……」
「あの男は頭が良《え》えけになあ。何でも素早いたい。今に限った事じゃなか」
「それがあの時は特別だったような気がするんだ。何もかも最初から知り抜いていたような気がするんだ。この頃になってやっと気が付いたんだが」
「フーン。そげな事が出来《でけ》るかなあ」
「そればかりじゃないんだ。彼奴《あいつ》は警察でわざと大事な事を云い落しやがったんじゃねえかと思うんだ。俺に云い中《あ》てられて、慌てて云い消しよったろう」
「ハンカチの話かな」
「ウン。あのハンカチの一件は一番カンジンの話なんだが、戸塚の野郎が正直《まとも》に話すか知らんと思ったから、俺は別々に訊問された時もわざと云わずにおいたんだ。そうして様子を探ってみたんだ」
「疑い深いなあ……お前は……」
「まだあるんだ。あの時の犯人は新しい地下足袋を穿いていたろう。コートの湿めった処に太陽足袋の足跡が、ハッキリと残っているのを君も僕も見たじゃないか。西村さんを抱え上げた時に……」
「ウン……見たよ」
「あれを戸塚が見やがった時に気が附きやがったに違いないんだ」
「何を……」
「犯人がインテリだって事を……」
「インテリたあ何かいな……インテリて……」
「学問のある奴だって事よ。知識階級……つまり紳士って意味だね。ねえ。そうだろう。あんなに真白い、四角く折ったハンカチなんか菜葉服の野郎が持つもんじゃねえ。タッタ一撃《ひとうち》で殺《や》っ付けるつもりだったのが、案外な抵抗を喰ったもんだから思わず汗が出たんだね。そいつを拭
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