子を置くと、黒い、薄い、婦人用の絹手袋をはめたまま、おなじように冷静な彼女と向い合って椅子に就いた。
 二人は手軽く頭を下げ合って初対面の挨拶をすると同時に、申し合わせたようにスピードアップした会話を、剃刀《かみそり》で切ったように交換し初めた。お互いに双方の顔色の動きに関心し合いながら……。
「お電話ありがとう御座いました。……ほんとにお手数をかけまして済みませんでした。お手紙はお返しいたします」
「……ハ……たしかに……」
「……で……あの新聞の原稿は、お持ちになりまして……」
「相済みません。原稿と申しましたのは嘘です。実は僕のアタマの中に在るんです。原稿にして差上げたって同じ事だと思いましたから……」
「……まあ……では、あの以外にまだ御存じなのですか」
「この間、本国へ帰任したC国公使と貴方《あなた》との御関係以外にですか」
「ええ」
「そう余計にも存じませんがね。大変に失礼ですけど、故伯爵とお別れになった後《のち》の貴女《あなた》は、非常に皮肉な御生活をお始めになったようですね。婦人正風会長になって日本中の婦人の憧憬を、御一身にお集めになる一面には、あらゆる方法であらゆる紳
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