メンな事まで知っているらしい。
しかし恐るる事はない。誘惑するつもりなら、されても構わない。要点だけは一歩も譲らないぞ……と思いながら、夜目にも荒れ果てた庭草の間を手を引かれて行くと、森蔭のジメジメした闇の道伝いに、杉木立の中の図書館の玄関から引っぱり込まれた。そうして燈火《あかり》も何もつけない短かい廊下を通り抜けると正面の真暗《まっくら》な室《へや》のマン中に立たされた。
そこで私の手を離した未亡人が、室の真中まで行って電燈の紐《ひも》をコチンと引っぱった。
私はアンマリ眩《まぶ》しいので二三度瞬《またた》きをした。……が、そのうちにこの家が、私の最初からの予想通り、名ばかりの図書館であることをたしかめた。
すくなくとも私が連れ込まれた室は、南堂伯爵が、生前に寝室にしていたものに相違なかった。そうして伯爵の死後、未亡人が秘密の享楽場としていたものに相違なかった。
ムンムンと蒸《む》れかえる瓦斯《ガス》仕掛の大暖炉の蘊気《うんき》と一緒に、早くも彼女の濃厚な化粧と、旺盛な肌の匂いが漂い初めていた。
しかし私は平気であった。入口と正反対側に在るグランド・ピアノの上に外套と帽
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