中のどれか一つをグラクスさんが妾の寝ている間に盗んで行ったのでしょう。妾との関係が切れないようにね。ホホホ」
彼女は又もフーッと青臭い息を私にマトモに吹きかけた。
私は固くなってドキンドキンと胸を躍らせながら……。
「……あたし主人と別れてからこっちというもの時々たまらない憂鬱に襲われることがあるの。あれが妾のヒステリーっていうものかも知れないけど、そのたんびに妾よく男装して方々に活動を見に行ったんですよ。ハンチングを冠ってロイドの色眼鏡をかけて、ニカボカを着るとまるで人相が変るんですからね。帝劇のトーキー披露会で貴方とスレ違ったこともあるわ……御存じなかったでしょう」
私は正直にうなずいた。
「……ね……そうして不良少年《チンピラ》らしい顔立ちのいい少年《こども》を往来で見付けると、お湯に入れて、頭を苅らして、着物を着せて、ここへ連れて来るのが楽しみで楽しみで仕様がなくなったの……もっとも最初のうちは爪だけ貰うつもりで連れて来たんですけどね。そのうちに少年《こども》の方から附き纏って離れなくなってしまうもんですから困ってしまってカルモチンを服《の》ましてやったのです……そうして地下室の古井戸の中から、いい処へ旅立たしてやったんです。ここの地下室の古井戸は随分深い上にピッチリと蓋が出来るようになっていて、息抜きがアノ高い煙突の中へ抜け通っているんです。妾が設計したんですからね。誰にもわからないんですの。……でも貴方にはトウトウわかったのね……ホホホ……モウ随分前からの事ですからかなりの人数《にんず》になるでしょう……御存じの家政婦も入れてね……ホホホホホ……」
私は見る見る血の気を喪《うしな》って行く自分自身を自覚した。タマラナイ興奮と、恐怖のために全身ビッショリと生汗《あせ》を流しながら、身動き一つ出来ずにいた。
これに反して相手は一語一語|毎《ごと》に、その美くしさを倍加して行った。そうして話し終りながら如何《いか》にも誇らしげに立上ると、寝台《ベッド》のクションの間に白い両手を突込んで探りまわしていたが、そのうちに一冊の巨大な緞子《どんす》張りの画帳をズルズルと引っぱり出した。重たそうに両手で引っ抱えて来て石のように固くなっている私の膝の上にソッと置いて、手ずから表紙を繰りひろげて見せた。
私は正直に白状する。重たい画帳を載せると同時に両方の膝頭が
前へ
次へ
全16ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング