紙に包んだ一掴みの爪だったのです」
「……爪……?……」
「そうなんです。色んな恰好をした少年の爪の切屑《きりくず》なんです。十二三人分もありましたろうか……おわかりになりませんか」
「まあ。そんなものが妾と何の関係が……」
そう云ううちに未亡人は何となく気味わるそうな表情になった。わざと指環をはめないで、化粧だけした両手の指を、これ見よがしに卓子《テーブル》の上に並べながら、ウットリと遠い所に眼を遣った。
私はその視線を追っかけた。冷ややかに笑いながら……。
「そんなにシラをお切りになっちゃ困りますね」
未亡人は私の顔を正視した。
「……わたくし……何も白ばくれてはおりませんが……」
「それじゃ僕から説明して上げましょうか。これでも貴女ぐらいの程度には苦労しているつもりですからね。蛇《じゃ》の道は蛇《へび》ですよ」
と叱咤するような口調で云ってみた。実はその爪の屑が、何を意味するものなのか、この時まで全然わからなかったのだから……。
すると果して反応があった。私の顔を穴のあく程みつめていた未亡人の頬に見る見るポーッと紅がさして、眼がこの上もなく美しくキラキラと輝やき初めた。
「ホホホホホ。わかりましたわ。あの家政婦からお聞きになったのでしょう。説明なさらなくともいいのよ。白状して上げるから待ってらっしゃい」
未亡人の言葉つきが急にゾンザイになった。同時に椅子に腰をかけたまま左手をズーッと白くさし伸ばして背後の書物棚から青い液体を充《み》たした酒瓶とグラスを取出した。
「……貴方お一つどう……オホホ……おいや……では妾《わたし》だけ頂くわ。失礼ですけど……まだ妾の気心がおわかりにならないんですからね。仕方がないわ。よござんすか……よく聞いて頂戴よ」
見る見る雄弁になった未亡人は、深いグラスに注《つ》いだ青い液体をゴクゴクと飲み干した。フーッと長い息を吐くと、芳烈な緑色の香気が私の顔を打った。
しかし私は瞬《またたき》一つしないまま未亡人の顔を凝視した。俄《にわ》かに変って来たその態度を通じて、告白の内容を予想しながら……。
「……まったく……貴方のお察しの通りなのよ。妾は妾の手にかけた少年たちの爪を取り集めて、向うの机の抽斗《ひきだ》しに仕舞《しま》っといたのよ。西洋の貴婦人たちが媾曳《あいびき》の時のお守護《まもり》にするそうですからね。その包みの
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング