ールの方が気にかかっていたかして、そのまま自転車に乗って大学を出たらしかった。そうして途中で注射がホントウに利き出して、眼が眩《くら》んだものらしく、国道沿いの海岸の高い崖の上から、自転車もろともころげ落ちて死んでいるのが、間もなく通りかかりの者に発見された。
その右の手には、X光線の図を二枚とも、固く握り締めていたという。
赤い鳥
村外れの網干場《あみほしば》に近い松原を二三百坪切り開いて大きな別荘風の家が建った。海岸の岩の上には見事なモーターボートを納めた倉庫まで出来た。そうして村一番のオシャベリで、嫌われ者のお吉という婆さんが雇われて、留守番をする事になった。それまでの噂や、その婆さんの話を綜合すると、その別荘を建てた人は有名な相場師であるが、その若大将の奥さんが身体《からだ》が弱いので、時々保養に来るために、わざわざ建てたものだという事である。
村の者は皆その贅沢さに眼を丸くした。誰もかれもその若大将の奥さんを見たがった。
「この界隈で家を建てて、棟上げの祝いを配らずに済ます家は、あの別荘だけじゃろ」
などと蔭口を利くものもあった。しかしその別荘は出来上っ
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