は、もう夜が明けはなれていたが、和尚が躄《いざ》りながら雨戸を開けて「何事か」と声をかけると、文作は「ウーン」と云うなり霜の降ったお庭へ引っくり返ってしまった。
それをやがて起きて来た梵妻《だいこく》や寺男が介抱をしてやると、やっと正気づいたので、手足の泥を洗わせて方丈へ連れ込んだのであったが、熱い湯を飲ませて落ちつかせながら、詳しく事情を聞き取るうちに、和尚はニヤリニヤリと笑い出して、何度も何度も首肯《うなず》いた。
「ウーム。そうじゃろう……そうじゃろうと思うた。実はナ……埋《うず》まっているのが人間の骨じゃと云うと、臆病者のお前が、よう掘るまいと思うたから石じゃと云うておいたのじゃが、その骨というのはナ……エエか……ほかならぬ、お前の兄貴の骨じゃぞ……」
「ゲーッ。私の兄貴の……」
「……と云うてもわかるまいが……これには深い仔細《わけ》があるのじゃ」
「ヘエッ。どんな仔細で……」
「まあ急《せ》き込まずとよう聞け。……ところでまず、その前に聞くが、お前は昨日《きのう》来た時に両親はもう居らんと云うたノ」
「ヘエ。一昨年《おととし》の大|虎列剌《コレラ》の時に死にましたので……
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