、五十銭玉を一つ入れた状袋を、恐る恐る差し出して又ひれ伏した。するとその頭の上から、和尚の胴間声《どうまごえ》が雷のように響いて来た。
「しかし、早うせんと、病人の生命《いのち》が無いぞ……」
「ヘーッ……」
 と文作は今一度畳の上に額をすりつけると、フラフラになったような気もちで方丈《ほうじょう》を出た。途中で寒さ凌《しの》ぎに一パイ飲んで、夕方になって、やっと自宅《うち》へ帰りついた文作は着のみ着のまま、物も云わずに、蒲団を冠って寝てしまった。難産のあとの血の道で、お医者に見放されてブラブラしている女房が心配して、どうしたのかと、いろいろに聞いても返事もせずにグーグー鼾《いびき》をかいていたが、やがて夜中過ぎになると文作は、女房の寝息を窺いながらソーッと起き上って、裏口から、西側の軒下にまわった。そこに積んであった薪を片づけて、分捕りスコップ(日露戦役戦利|払下品《はらいさげひん》)を取り上げると、氷のような満月の光を便りに、物音を忍ばせてセッセと掘り初めたが、鍬《くわ》と違って骨が折れるばかりでなく、土が馬鹿に固くて、三尺ばかり掘り下げるうちに二の腕がシビレて来たので、文作はホッ
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