いにも油買いにも出なくなった。いつもだと後家さんは、収穫後《とりいれご》の金取り立てで忙しいのであったが、今年はそんなもようがないので、借りのある連中は皆喜んだ。
 ところが又そのうちに、収穫《とりいれ》が一通り済んで、村中がお祭り気分になると、後家さんの家《うち》がいつまでも閉め込んだ切り、煙一つ立てない事にみんな気が付き初めた。初めのうちは「後家さんが、どこかへ子供を生みに行ったんだろう」なぞと暢気《のんき》なことを云っていたが、あんまり様子が変なので、とうとう駐在所の旦那がやって来て、区長さんと立ち合いの上で、裏口の南京錠をコジ離して這入ってみると、中には人ッ子一人居ない。そうして家具家財はチャンとしているようであるが、その中で唯一つ金庫の蓋が開《あ》いて、現金と通い帳が無くなっているようす……その前に男文字の手紙が一通、読みさしのまま放り出してあるのを取り上げて読んでみると、あらかたこんな意味の事が書いてあった。
[#ここから1字下げ]
「お母さん。あなたがあの時に、勇作さんを助けて下すった御恩は忘れません。けれども、それから後《のち》の、あなたの勇作さんに対する、恩着せがまし
前へ 次へ
全88ページ中46ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング