たところが留守だとわかりましたので……」
「それからどうしたか」
 と巡査は鉛筆を嘗《な》めながら尋ねた。皆はシンとなった。
「それで台所から忍び込みますと、ラムプを探り当てましたので、その石油を撒いて火をつけましたが、思いがけなく、うしろの方からも火が燃え出して熱くなりましたので、うろたえまして……雨戸は閉まっておりますし、出口の方角はわからず……」
 きいていた連中がゲラゲラ笑い出したので、按摩は不平らしく白い眼を剥《む》いて睨みまわした。巡査も吹き出しそうになりながら、ヤケに鉛筆を舐《な》めまわした。
「よしよし。わかっとるわかっとる。ところで、どういうわけで火を放《つ》けたんか」
「ヘエ。それはあの後家めが」
 と按摩は又、そこいらを睨みまわしつつ、土の上で一膝進めた。
「あの後家めが、私に肩を揉《も》ませるたんびに、変なことを云いかけるので御座います。そうしてイザとなると手ひどく振りますので、その返報に……」
「イイエ、違います。まるでウラハラです……」
 と群集のうしろから後家さんが叫び出した。
 みんなドッと吹き出した。巡査も思わず吹き出した。しまいには按摩までが一緒に腹
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