いて、頭を抱えたまま、返事をしなかった。やがて濡れた筒ッポウの袖口で涙を拭いた。
 下唇を噛んだまま、ジッとこの様子をながめていた妻君の血相がみるみる変って来た。不意に主人の胸倉《むなぐら》を取ると、猛烈に小突きまわし初めた。
「……えエッ。口惜しいッ。おおかた大浜(白首街《しらくびまち》)のアンチキショウの処へ持って行く金じゃったろ。畜生畜生……二人で夜《よ》の眼を寝ずに働いた養蚕《ようさん》の売り上げをば……いつまでも渡らぬと思うておったれば……エエッ……クヤシイ、クヤシイ」
 しかしいくら小突かれても若い主人はアヤツリのようにうなだれて、首をグラグラさせるばかりであった。
 二三人見かねて止めに這入って来たが、一番うしろの男は表の人だかりをふり返って、ペロリと赤い舌を出した。
「これがホンマのアヤツリ芝居じゃ」
 みんなゲラゲラ笑い出した。
 妻君が主人の胸倉を取ったままワーッと泣き出した。

     一ぷく三杯

 お安さんという独身者《ひとりもの》で、村一番の吝《けち》ン坊《ぼう》の六十婆さんが、鎮守様のお祭りの晩に不思議な死にようをした。
 ……たった一人で寝起きをしてい
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