と見えて、この家《や》の若い主人が帰って来た。手足を泥だらけにした野良着《のらぎ》のままであったが、肩を聳《そび》やかして土間に這入《はい》るとイキナリ、人形をさし上げている爺さんの襟首《えりくび》に手をかけてグイと引いた。振袖人形がハッと仰天した。そうして次の瞬間にはガックリと死んでしまった。
見物は固唾《かたず》をのんだ。どうなることか……と眼を瞠《みは》りながら……。
「……ヤイ。キ……貴様は誰にことわって俺の家《うち》へ這入った……こんな人寄せをした……」
爺さんは白い眼を一パイに見開いた。口をアングリとあけて呆然となったが、やがて震える手で傍《かたわら》の大きな信玄袋の口を拡げて、生命《いのち》よりも大切《だいじ》そうに人形を抱え上げて落し込んだ。それから両手をさしのべて、破れた麦稈《むぎわら》帽子と竹の杖を探りまわし初めた。
これを見ていた若い主人は、表に立っている人々をふり返ってニヤリと笑った。人形を入れた信玄袋をソッと取り上げて、うしろ手に隠しながらわざと声を大きくして怒鳴った。
「サア云え。何でこんな事をした。云わないと人形を返さないぞ」
何かボソボソ云いかけ
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