をかけると、ハッと驚いて唇をふるわしている未亡人を尻目にかけた。そうして武士が白刃の立ち合いをする気持ちで引き寄せて身構えた。
「あやかしの鼓」の皮は、しめやかな春の夜《よ》の気はいと、室《へや》に充ち満ちた暖かさのために処女の肌のように和《やわ》らいでいるのを指が触わると同時に感じた。その表皮と裏皮に、さらに心を籠めた息を吐きかけると、やおら肩に当てて打ち出した。……これを最後の精神をひそめて……。
初めは低く暗い余韻のない――お寺の森の暗《やみ》に啼《な》く梟《ふくろう》の声に似た音色が出た。喜びも悲しみもない……只淋しく低く……ポ……ポ……と。
けれども打ち続いて出るその音が私の手の指になずんでシンミリとなるにつれて、私は眼を伏せ息を詰めてその音色の奥底に含まれている、或るものをきくべく一心に耳を澄ました。
ポ……ポ……という音の底にどことなく聞こゆる余韻……。
私は身体《からだ》中の毛穴が自然《おのず》と引き緊《し》まるように感じた。
私の先祖の音丸久能《おとまるくのう》は如何にも鼓作りの名人であった。けれどもこの鼓を作り上げた時に自分が思っている以外の気もちがまじっ
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