口調で云った。
「わたくしはこんな時機の来るのを待っておりました。こうして私とこの鼓との間に結ばれました因縁を断ち切って頂こうと思ったので御座います」
「因縁……」と私は思わず口走った。
「それはどういう……」
「それは私が私の身の上に就《つい》て一口申し上ぐれば、おわかりになるので御座います」
「あなたの……」
「ハイ……しかし只今は、わざとそれを申し上げません。押しつけがましゅう御座いますけれども、それは私の生命《いのち》にも換えられませぬお恥ずかしい秘密で御座いますから、この四ツの鼓の中から『あやかしの鼓』をお選《よ》り出し下すって、物語りに伝わっております通りの音色をお出し下さるのを承わった上で御座いませぬと……まことに相済みませぬが、只今それをお願い申し上げたいので御座いますが……」
未亡人の言葉の中には婦人でなければ持ち得ぬ根強い……けれども柔らかい力が籠っていた。三人の間には更に緊張した深い静けさが流れた。
不意にある眼に見えぬ力に打たれたように恭《うやうや》しく一礼しながら私はスラリと座布団を辷り降りて羽織を脱いだ。そうしてイキナリ眼の前の桜の蒔絵《まきえ》の鼓に手
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