に打って行ったが、九段にいる時と違って一パイに出す調子を妻木君は身じろぎもせずに聞いてくれた。
「結構なものばかりですね」
 と御挨拶なしに賞めつつ私は秋の鼓、夏の鼓と打って来て、最後に桜の模様の鼓を取り上げたが、その時何となく胸がドキンとした。ほかの鼓の胴は皆塗りが古いのに、この胴だけは新らしかった。大方この鼓だけ蒔絵《まきえ》の模様が時候と合わないために、春の模様に塗りかえさしたものであろうが、その前の模様はもしや「宝づくし」ではなかったろうか。
 私はまだ打たぬうちに妻木君に問うた。
「この鼓はいつ頃お求めになったのでしょうか」
「サア。よく知りませんが」
「ちょっと胴を拝見してもいいでしょうか」
「エエ。どうぞ」と妻木君は変にカスレた声で云った。
 私は黄色くなりかけている古ぼけた調緒《しらべ》をゆるめて胴を外《はず》して、乳袋《ちぶくろ》の内側を一眼見るとハッと息を詰めた。
 久能張《くのうば》りのサミダレになった鉋目《かんなめ》がまだ新しく見える胴の内側には、蛇の鱗ソックリに綾取った赤樫の木目が目を刺すようにイライラと顕《あら》われていたからである。私の両手は本物の蛇を掴ん
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