皮と胴でも、性が合わなければなかなか鳴らない。調子皮を貼って性を合わせたにしても、今までとは全く違った音色が出るので、今ここに四ツの皮と胴とがあるとすれば、鳴る鳴らぬに拘《かか》わらず総計で十六通りの音色が出るわけである。鶴原未亡人はそれを知っていて、ふだん胴と皮とをかけ換えているのではないか……。
 しかしこの考えが浅墓《あさはか》であることは間もなくわかった。妻木君は私と向い合って坐るとすぐに云った。
「私はこの四つの胴と皮とをいろいろにかけ換えてみました。けれどもどれもうまく合いませんでやっぱりもとの通りが一番いい事になります」
「つまりこの通りなんですね」
「そうです」
「みんなよく鳴りますか」
「ええ。みんな伯母が自慢のものです。胴の模様もこの通り春の桜、夏の波、秋の紅葉《もみじ》、冬の雪となっていて、その時候に打つと特別によく鳴るのです。打って御覧なさい」
「伯母さまがお帰りになりはしませんか」
「大丈夫です。今三時ですから。帰るのはいつも五時か六時頃です」
「じゃ御免下さい」と一礼して羽織を脱いだ。妻木君も居住居《いずまい》を直した。
 私は手近の松に雪の模様の鼓から順々
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