る。隣の化粧室と比べるととても同じ家の中に並んで在る室とは思えない。
「その室に僕は毎晩寝るのです。監獄みたいでしょう」
 妻木君は冷笑《あざわら》っているらしかったが、その時は私の眼に妙なものが見えた。それは正面の壁にかかっている一本の短かい革製の鞭で、初め私は壁の汚染《しみ》かと思っていたものだった。
「その室で伯父《おじ》は死んだのです。」
 という声がうしろから聞こえると同時に私はゾッとして鍵穴から眼を退《の》けた。同時に妻木君の顔一面に浮んだ青白い笑いを見ると身体《からだ》がシャンと固《こわ》ばるように感じた。むろん今の鞭の事なぞ尋ねる勇気はなかった。
「こっちへお這入りなさい。この室で伯母は鼓を打つらしいのです」
 私はほっと溜め息をして奥の座敷に這入った――この家《うち》にはこれ切りしか室がないのだ――と思いながら……。

 奥の一室《ひとま》の新しい畳を踏むと、私は今まで張り詰めていた気分が見る見る弛《ゆる》んで来るように思った。
 青々とした八畳敷の向うに月見窓がある。外には梅でも植えてありそうに見える。
 その下に脚の細い黒塗りの机があって、草色の座布団と華奢《きゃ
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