って、いろんな音色を出すもので、鼓の音が人の心を自由にするもんじゃない。どうかしてその鼓を打って見たい。そうしてそのような人を呪うような音色でなく当り前の愉快な調子を打ち出して、若先生の讐《かたき》を取りたいものだと思っている矢先へ伯母が私を呼び寄せたのです。私は得たり賢しで勉強をやめて此家《ここ》に来ました」
「……で……その鼓をお打ちになりましたか」
 と私は胸を躍らしてきいた。しかし妻木君は妙な冷やかな顔をしてニヤニヤ笑った切り返事をしない。私は自烈度《じれった》くなって又問うた。
「その鼓はどんな恰好でしたか」
 妻木君はやはり妙な顔をしていたが、やがて力なく投げ出すように云った。
「僕はまだその鼓を見ないのです」
「エッ……まだ」と私は呆気《あっけ》にとられて云った。
「エエ。伯母が僕に隠してどうしても見せないんです」
「それは何故ですか」と私は失望と憤慨とを一緒にして問うた。妻木君は気の毒そうに説明をした。
「伯母は若先生が打たれた『あやかしの鼓』の音をきいてから、自分でもその音が出したくなったのです。そうして音が出るようになったら、それを持ち出して高林家の婦人弟子仲間に見
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