それから静かに云った。
「……この鼓に呪われて……生きた死骸とおんなじになって……しかしそれを深く恥じながら……自分を知っているものに会わないようにどこにか……姿をかくしておられます」
「あなたはどうしてそれがおわかりになりますか」
「……私は若先生にお眼にかかりました……私にこの事だけ云って行かれたのです。そうして……私の後継ぎにはやはり音丸という子供が来ると……」
私は思わずカッと耳まで赤くなった。若先生にまで見込まれていたのかと思うと空恐ろしくなったので……。
それと一緒に眼の前に居る妻木という書生さんがまるで違ったえらい人に思われて来た。若先生がそんなことまで打ち明けられる人ならば、よほど芸の出来た人に違いないからである。私はすぐにも頭を下げたい位に思いながら恭《うやうや》しく聞いた。
「それからあなたは……どうなさいましたか」
妻木君も私と一緒に心持ち赤くなっていたようであったが、それでも前より勢い込んで話し出した。
「私はこの事をきくと腹が立ちました。高《たか》の知れた鼓一梃が人の一生を葬るような音《ね》を立てるなんて怪《け》しからぬ。鼓というものはその人の気持ちによ
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