…何でも」
「あなたはもしや音丸という御苗字ではありませんか」
私はこの時どんな表情《かおつき》をしたか知らない。唯妻木君の顔を穴のあく程見詰めてやっとのことうなずいた。そうして切れ切れに尋ねた。
「……どうして……それを……」
妻木君は深くうなずいた。悄然《しょうぜん》としていった。
「しかたがありません。私は本当のことを云います。あなたのお家《うち》の若先生から聞きました。私は若先生にお稽古を願ったものですが……」
私はグッと唾を飲み込んだ。妻木君の言葉の続きを待ちかねた。
「……若先生は伯母《おば》からあの鼓のことを聞かれたのです。あの鼓はほんのお飾りでホントの調子は出ないものだと或る職人が云ったが、本当でしょうかってね。そうすると若先生は……サア……それを打って見なければわからぬが、とにかく見ましょうということになってね……七年前のしかもきょうなんです……この家《うち》へ来られてその鼓を打たれたんです。それからこの家《うち》を出られたのですがそのまんま九段へも帰られないのだそうです」
「若先生は生きておられるのですか」
と私は畳みかけて問うた。妻木君は黙ってうなずいた。
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