る見る近づいて、やがて私の寝ている苜蓿の原の踏切を越えた。何の気もなく見ると、中央《まんなか》の華奢《きゃしゃ》な車に盛装した高谷千代子がいる。地が雪のようなのに、化装《よそおい》を凝《こ》らしたので顔の輪廓が分らない、ちょいと私の方を見たと思うとすぐ顔をそむけてしもうた。
佳人の嫁婚!
油のような春雨がしとしとと降り出した。ちょうど一行の車が御殿山の森にかくれたころのことである。
翌日私の下宿に配達して行った新聞の「花嫁花婿」という欄に、工学士|蘆《ろ》鉦次郎《しょうじろう》の写真と、高谷千代子の写真とが掲載されて、六号活字の説明にこんなことが書いてあった。
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工学士蘆鉦次郎氏(三十五)は望月貞子の媒酌《ばいしゃく》にて窮行女学院今年の卒業生中才色兼備の噂高き高谷千代子(十九)と昨日品川の自宅にて結婚の式を挙げられたり。なお同氏は新たに長崎水谷造船所の技師長に聘《へい》せられ来たる四月一日新婚旅行を兼ね一時郷里熊本に帰省せらるる由なり。
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蘆鉦次郎――高谷千代子――水谷造船所――四月一日、私はしばらく新聞を見つめたまま身動きも出来
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