、橋和屋という料理屋の傍から大崎の田圃《たんぼ》に出た。
 蓮華《げんげ》、鷺草《さぎそう》、きんぽうげ、鍬形草《くわがたそう》、暮春の花はちょうど絵具箱を投げ出したように、曲りくねった野路を飾って、久しい紀念《おもいで》の夕日が岡は、遠く出島のように、メリヤス会社のところに尽きている。目黒川はその崎を繞《めぐ》って品川に落ちる、その水の淀《よど》んだところを亀の子島という。
 大崎停車場は軌道の枕木を黒く焼いて拵えた粗《あら》っぽい柵《さく》で囲まれている。その柵の根には目覚むるような苜蓿《クロバー》の葉が青々と茂って、白い花が浮刻《うきぼり》のように咲いている。私はいつかこの苜蓿の上に横たわって沈欝な灰色の空を見た。品川発電所の煤煙が黒蛇のように渦まきながら、亀の子島の松をかすめて遠い空に消えて行く、私はその煙の末をつくづくと眺めやって、私の来し方のさながら煙のようなことを思うた。
 遠くけたたましい車輪の音がするので振り返って見ると、目黒の方から幌《ほろ》をかけた人力車が十台ばかり、勢いよく駆けて来る。雨雲の低く垂れた野中の道に白い砂塵が舞い揚って、青い麦の畑の上に消える。車は見
前へ 次へ
全80ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
白柳 秀湖 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング