命を想い、水の流れをながめた。
この一個月ばかり千代子はなぜあんなに欝いでいるだろう、汽車を待つ間の椅子《ベンチ》にも項垂《うなだ》れて深き想いに沈んでいる。千代子の苦悩は年ごろの処女が嫁入り前に悲しむという、その深き憂愁《うれい》であろうか。
群を離れた河千鳥が汀《みぎわ》に近く降り立った。その鳴き渡る声が、春深い霞《かすみ》に迷うて真昼の寂しさが身に沁みるようである。
二十四
四月一日私はいよいよ小林浩平に伴われて門司へ立つのだ。三月十五日限り私は停車場《ステーション》をやめて、いろいろ旅の仕度に忙わしい。たとえば浮世絵の巻物を披《ひろ》げて見たように淡暗い硝子の窓に毎日毎日映って来た社会のあらゆる階級のさまざまな人たち、別離《わかれ》と思えば恋も怨みも皆夢で、残るのはただなつかしい想念ばかりである。森も岡も牧場も水車小屋も、辛い追懐《おもい》の種ばかり、見るに苦しい景色ではあるけれど、これも別離と言えばまた新しい執着を覚える。
旅の支度も大かた済んだ。別離の心やみがたく私は三月二十八日の午後、権之助坂を下りてそれとはなしに大鳥神社の側の千代子の家の垣に沿うて
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