なかったが、私の身辺に何か目に見えない恐ろしい運命の糸が纏いついているような気がして、われ知らず手を伸べて頭の髪を物狂わしきまでに掻きむしると、その手で新聞をビリビリと引き裂いてしまった。

     二十五

 品川の海はいま深い夜の靄《もや》に包まれて、愛宕山《あたごやま》に傾きかけたかすかな月の光が、さながら夢のように水の面を照している。水脈《みお》を警《いまし》める赤いランターンは朦朧《ぼんやり》とあたりの靄に映って、また油のような水に落ちている。
 四月一日午後十一時十二分品川発下の関直行の列車に乗るために小林浩平と私は品川停車場のプラットホームに、新橋から来る列車を待ちうけている。小林は午後三時新橋発の急行にしようと言うたのを、私は少し気がかりのことがあったので、強いてこの列車にしてもろうた。
「もう十五分だ」と小林はポケットから時計を出して、角燈《ランプ》の光に透かして見たが、橋を渡る音がしてやがてプラットホームに一隊の男女が降りて来た。
 私たちの休んでいる待合の中央の入口から洋服の紳士が、靴音高く入って来た。えならぬ物の馨《かおり》がして、花やかな裾《すそ》が灯影《ほ
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