学生! ハイカラ! 生かしちゃあおかねいぞ」
 私は恐ろしい肉の叫喚《さけび》をまのあたり聴いた。見ると三等室の戸《ドアー》が開いて、高谷千代子が悠々《ゆうゆう》とプラットホームに降りた。華奢《きゃしゃ》な洋傘《こうもり》をパッと拡《ひろ》げて、別に紅い顔をするのでもなく薄い唇の固く結ぼれた口もとに、泣くような笑うような一種冷やかな表情を浮べて階壇を登って行ってしもうた、土方はもう顧《みかえ》る者もない、いつの間にかセッセと働いている。
 私はなぜに同じ労働者でありながら、あの土方のようにさっぱりとして働けないのであろう。
 土方が額に玉のような汗を流して、腕の力で自然に勝って、あらゆるものを破壊して行く間に、私たちは、シグナルやポイントの番をして、機械に生血を吸い取られて行くのだ。私たちのこの痩《や》せ衰えた亡者のような体躯《からだ》に比べて、私はあの逞《たくま》しい土方の体躯が羨ましい、そして一口でもいいからあの美しい千代子の前に立って、あんな暴言が吐いて見たい。
 私は片山先生と小林監督との感化で冬の氷に鎖《とざ》されたような冷たい夢から醒めて、人を羨み身を羞じるというような、気
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