かった。どこでどうして私はこれを千代子に渡そうかと思ったが、胸は何となく安からぬ思いに悩んだ、長い春の日も暮れて火ともしごろ、なまめかしい廂髪《ひさしがみ》に美人草の釵《かざし》をさした千代子の姿がプラットホームに現われた。私は千代子の背後《うしろ》について階壇を昇ったが、ほかに客はほとんどない。
「高谷さん!」私はあたりをはばかりながら呼びかけた。思いなしか千代子は小走りに急ぐ、「高谷さん!」と呼ぶと、こんどは中壇に立ち止って私の方を向いたが、怪訝《けげん》な顔をして口もとを手巾《ハンケチ》でおおいながら、鮮やかな眉根をちょいと顰《ひそ》めている。
「何ですか大槻さんがこれをあなたに上げて下さいって……」と私は名刺を差し出した。
「ああそう」と虫の呼気《いき》のように応えたが、サモきまりが悪そうに受け取って、淡暗《うすぐら》い洋燈《ランプ》の光ですかして見たが、「どうもありがとう」と迷惑そうに会釈する。私はこの千代子の冷胆な態度に、ちょうど、長い夢から醒めた人のようにしばらくはぼんやりとして立ち尽した。
 辛い人の世の生存《ながらえ》に敗れたものは、鳩《はと》のような処女の、繊弱《か
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