て来たが、横眼で悪々《にくにく》しそうに大槻を睨《にら》まえながら、奥へ行ってしまった。
「今からどちらへいらっしゃるのですか」私は何と思ってか大槻に問うた。
「日比谷まで……今夜、音楽があるんだ」と言い放ったが、白い華奢《きゃしゃ》な足を動かして蚊《か》を追うている。
三
「君! 僕一つ君に面白いことを尋ねて見ようか」
「え……」
「軌道《レール》なしに走る汽車があるだろうか」
「そんな汽車が出来たのですか」
「日本にあるのさ」
「どこに」
「東京から青森まで行く間にちょうど、一里十六町ばかり、軌道《レール》なしで走るところがあるね」と言い切ったが香のいい巻煙草の煙をフッと吹いた。
私は何だか自分がひどく馬鹿にされたような気がしてむっとした。陰欝な、沈みがちな私はまた時として非常に物に激しやすい、卒直な天性《うまれつき》を具えている。
「冗談でしょう、僕はまた真面目《まじめ》にお話ししていましたよ」私は成人《おとな》らしい少年《こども》だ、母と叔父の家に寄寓してから、それはもう随分気がね、苦労の数をつくした。母は人にかくれてまだうら若い私の耳にいたましい浮世話を聞かせ
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