校でいつでも首席を占めて、義務教育を終るまで、その地位を人に譲らなかったこと、将来はきっと偉い者になるだろうというて人知れず可愛がってくれた校長先生のこと、世話になっている叔父の息子の成績が悪いので、苦労性の母が、叔父の細君に非常に遠慮をしたことなど、それからそれへと思いめぐらして、追懐《おもいで》はいつしか昔の悲しい、いたましい母子《おやこ》の生活の上に遷《うつ》ったのである。
ぼんやりしていた私は室の入口のところに立つ人影に驚かされた、見上げるとそれは白地の浴衣《ゆかた》に、黒い唐縮緬《とうちりめん》の兵児帯《へこおび》を締めた、大槻であった。
「君! 汽車は今日も遅れるだろうね」
「ええ十五分ぐらい……は」と私は答えた。山の手線はまだ世間一般によく知られていないので、客車はほとんど附属《つけたり》のような観があった、列車の遅刻はほとんど日常《いつも》のこととなっていた。
日はもういつしか暮れて蜩《ひぐらし》の声もいつの間にか消えてしまった。
大槻はちょっと舌を鳴らしたが、改札の机から椅子を引き寄せて、鷹揚《おうよう》に腰を下した、出札の河合は上衣の袖《そで》を通しながら入っ
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