。夜はもう二時を過ぎたろう、寂寞《ひっそり》としてまるで絶滅の時を見るようである。
 人の髪の毛の焦げるような一種異様な臭気がどこからともなく身に迫って鼻を撲《う》ったと思うと、ぞっとするように物寂しい夜気が骨にまでも沁み渡る。
 何だろう、何の臭気《におい》だろう。
 おお、私はいつの間にか桐ヶ谷の火葬場の裏に立っていたのだ。森の梢《こずえ》には巨人が帽を脱いで首を出したように赤煉瓦《あかれんが》の煙筒が見えて、ほそほそと一たび高く静かな空に立ち上った煙は、また横にたなびいて傾く月の光に葡萄鼠《ぶどうねずみ》の色をした空を蛇窪村《へびくぼむら》の方に横切っている。
 私は多摩川の丸子街道に出て、大崎に帰ろうとすると火葬場の門のあたりで四五人の群に行き合うた。私はこの人たちが火葬場へ仏の骨を拾いに来たのだということを知った。両傍に尾花の穂の白く枯れた田舎道を何か寂しそうにヒソヒソと語らいながら平塚村の方に行く後影を私は見送りながら佇んだ。
「おい兄《にい》や、どうしてこんなとこへ来たんだいおかしいな、狐《きつね》に魅《つま》まれたんじゃあないの?」
 私は少年《こども》の声にぞっとして
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