、恋ではないとわれとわが心を欺いてわずかに良心の呵責《かしゃく》を免れていたが、今宵この月の光を浴びて来し方の詐欺《いつわり》に思い至ると、自分ながら自分の心のあさましさに驚かれる。
私は今改めて自白する、私の千代子に対する恋は、ほとんど一年にわたる私の苦悩《なやみ》であった、煩悶《わずらい》であった。
そして私はいままた改めてこの月に誓う、私は千代子に対する恋を捨てて新しい希望《のぞみ》に向って、男らしく進まなければならない。ちょうど千代子が私に対するような冷たさを、数限りなき私たちの同輩《なかま》はこの社会《よのなか》から受けているではないか。私はもう決して高谷千代子のことなんか思わない。
決心につれて涙がこぼれる。立ち尽すと私は初めて荒漠《こうばく》なあたりの光景に驚かされた、かすかな深夜の風が玉蜀黍《とうもろこし》の枯葉に戦《そよ》いで、轡虫《くつわむし》の声が絶え絶えに、行く秋のあわれをこめて聞えて来る。先刻《さっき》、目黒の不動の門前を通ったことだけは夢のように覚えているが、今気がついて見ると私は桐《きり》ヶ|谷《や》から碑文谷《ひもんや》に通う広い畑の中に佇んでいる
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