描いたとかいうので朋友《なかま》の間には、早くもこの人の前途に失望して、やがては、女のあさましい心を惹《ひ》くために、呉服屋の看板でも描くだろうというような蔭口をきく者もあるそうである。
岡田はしばらくするうちに、停車場《ステーション》の方に呼ばれて行く、大槻軍医も辞し去ってしもうた。後で駅長の細君は語を尽して私を慰めてくれた。細君というのは年ごろ三十五六歳、美人というほどではないけれども丸顔の、何となく人好きのするというたような質である。
「下宿にいちゃあ何かと困るでしょう、どうせ一週間ばかりなら宅《うち》にいて養生してもいいでしょう、ね、宅でも大変お前さんに見込みをつけていろいろお国の事情なんかも聞いて見たいなんて言うていましたよ」
「え、ありがとう、しかしこの分じゃあ大した傷でもないようですから、それにも及びますまい、奥様にお世話になるようではかえって恐れ入りますから」
「何もお前さん、そんな遠慮には及ばないよ、ちっとも構やあしないんだから気楽にしておいでなさいよ」細君は一人で承知している。
ブーンとものの羽音がしたかと思うとツイ眼の先の板塀で法師蝉《ほうしぜみ》が鳴き出した
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