ろもうどうなっているか分りませんね」
「何にしろ、すぐ隧道《トンネル》になるのですからね、どうしたって助かるわけはないです」と岡田が口を入れる。
「危険《あぶない》ですな! 汽車も慣れるとツイ無理をしたくなって困るのです」と大槻はいうたが、細君と顔を見合わせて、さて今まで忘れていたように互いに時候の挨拶をする。
大槻は年ごろ五十歳あまり、もと陸軍の医者で、職を罷《や》めてからは目黒の三田村に遷《うつ》り住んで、静かに晩年を送ろうという人、足立駅長とは謡曲の相手で四五年|以来《このかた》の交際《つきあい》であるそうだ。
大槻芳雄というのは延貴の独《ひと》り息子《むすこ》で、少からぬ恩給の下る上に遺産もあるので、出来るだけ鷹揚《おうよう》には育てたけれど、天性《うまれつき》才気の鋭い方で、学校も出来る、それに水彩画がすきでもし才気に任せて邪道に踏み込まなかったならばあっぱれの名手となることだろうと、さる先輩は嘆賞した。けれどもこの人の欠点をいえばあまり画才に依頼しすぎて技術の修練をおろそかにするところにある。近ごろ大槻はある連中とともに日比谷公園の表門に新設される血なまぐさいパノラマを
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