燈口から右の手を河合に取られている。河合はその手をギュッと握って掌へ筆で何か描こうとしている。
「痛いじゃあないか、謝ったからよう! あれ――あんなものを書くよう……」
 雨はまた一としきり硝子窓を撲《う》つ、淋しい秋の雨と風との間に猥《みだ》りがましい子守女の声が絶えてはまた聞えて来る。
 私の机の下の菰包《こもづつ》みの蔭では折ふし思い出したように虫の音がする。
 ふと見ると便所の方に向いた窓の硝子に人影が射したので、私はツイと立って軒伝いに冷たい雨の頻吹《しぶき》を浴びながら裏の方に廻って見ると、青い栗《くり》の毬彙《いが》が落ち散って、そこに十二三歳の少年《こども》が頭から雫《しずく》のする麦藁《むぎわら》帽子を被《かぶ》ってションボリとまだ実の入らぬ生栗を喰べている。
 秋もやや闌《た》けて、目黒はもうそろそろ栗の季節である。

     九

 見れば根っから乞食《こじき》の児《こ》でもないようであるのに、孤児《みなしご》ででもあるのか、何という哀れな姿だろう。
「おい、冷めたいだろう、そんなに濡《ぬ》れて、傘《かさ》はないのか」
「傘なんかない、食物だってないんだもの」と
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