いまだ水々しい栗の渋皮をむくのに余念もない。
「そうか、目黒から来たのか、家はどこだい父親《ちゃん》はいないのか」
「父親なんかもうとうに死んでしまったい。母親《おっかあ》だけはいたんだけれど、ついとうおれを置いてけぼりにしてどこかへ行ってしまったのさ、けどもおらアその方が気楽でいいや、だって母親がいようもんならそれこそ叱《しか》られ通しなんだもの」
「母親は何をしていたんだい」
「納豆《なっとう》売りさ、毎朝|麻布《あざぶ》の十番まで行って仕入れて来ちゃあ白金の方へ売りに行ったんだよ、けどももう家賃が払えなくなったもんだから、おればっかり置いてけぼりにしてどこかへ逃げ出してしまったのさ」
「母親一人でか?」
「小さい坊やもつれて!」
「どこに寝ているのか」
「昨夜《ゆうべ》は大鳥様へ寝た」と権之助坂の方を指さして見せる。
 私はあまりの惨《いた》ましさに、ポケットから白銅を取り出してくれてやると少年は無造作に受け取って「ありがとう」と言い放つとそのまま雨を衝いて長峰のおでん屋の方に駆けて行ってしまった。
 見送ってぼんやりと佇んでいると足立駅長が洋服に蛇《じゃ》の目《め》の傘をさして
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