りかかってそれとはなしに深いもの思いに沈んだ。
 風はピッタリやんでしまって、陰欝《いんうつ》な圧《お》しつけられるような夏雲に、夕照《ゆうやけ》の色の胸苦しい夕ぐれであった。
 出札掛りの河合というのが、駅夫の岡田を相手に、樺色《かばいろ》の夏菊の咲き繚れた、崖に近い柵《さく》の傍《そば》に椅子を持ち出して、上衣を脱いで風を入れながら、何やらしきりに笑い興じている。年ごろ二十四五の、色の白い眼の細い頭髪《かみ》を油で綺麗《きれい》に分けた、なかなかの洒落者《しゃれもの》である。
 山の手線はまだ単線で客車の運転はホンのわずかなので、私たちの労働《しごと》は外から見るほど忙しくはない。それに会社は私営と来ているので、官線の駅夫らが嘗《な》めるような規則攻めの苦しさは、私たちにないので、どっちかといえばマアのんきというほどであった。
 私はどうした機会《はずみ》か大槻芳雄《おおつきよしお》という学生のことを思い浮べて、空想はとめどもなく私の胸に溢《あふ》れていた。大槻というのはこの停車場《ステーション》から毎朝、新宿まで定期券を利用してどこやらの美術学校に通うている二十歳《はたち》ばかり
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