りに生《お》い茂って、薊《あざみ》や、姫紫苑《ひめじおん》や、螢草《ほたるぐさ》や、草藤《ベッチ》の花が目さむるばかりに咲き繚《みだ》れている。
 立秋とは名ばかり燬《や》くように烈《はげ》しい八月末の日は今崖の上の黒い白樫《めがし》の森に落ちて、葎《むぐら》の葉ごしにもれて来る光が青白く、うす穢《ぎたな》い私の制服の上に、小さい紋波《もんぱ》を描くのである。
 涼しい、生き返るような風が一としきり長峰の方から吹き颪《おろ》して、汗ばんだ顔を撫でるかと思うと、どこからともなく蜩《ひぐらし》の声が金鈴の雨を聴《き》くように聞えて来る。
 私はなぜこんなにあの女《ひと》のことを思うのだろう、私はあの女に惚《ほ》れているのであろうか、いやいやもう決して微塵《みじん》もそんなことのありようわけはない、私の見る影もないこの姿、私はこんなに自分で自分の身を羞《は》じているではないか。

     二

 品川行きの第二十七列車が出るまでにはまだ半時間余りもある。日は沈んだけれども容易に暮れようとはしない、洋燈《ランプ》は今しがた点《つ》けてしまったし、しばらく用事もないので開け放した、窓に倚《よ》
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