からである。
 私は初めから助役を快よく思うていなかったのが、このこと以来、もう打ち消すことの出来ない心の隔てを覚えるようになったのである。

     八

「ちょいと、マア御覧よ、こんどはこんなことが書いてあってよ」と一人が小さい紙切を持ってベンチの隅に俯伏すとやっと、十四五歳のを頭に四五人の子守女が低い足駄をガタつかせて、その上に重なりおうててんでに口のなかで紙切の仮名文字をおぼつかなく読んで見てはキャッキャッと笑う。
 子守女とはいうものの皆近処の長屋に住んでいる労働者の娘で、学校から帰って来るとすぐ子供の守をさせられる。雨が降っても風が吹いてもこの子守女が停車場《ステーション》に来て乗客《のりて》の噂をしていないことはただの一日でもない、華《はな》やかに着飾った女の場合はなおさらで、さも羨ましそうに打ち眺めてはヒソヒソと語りあう。
 季節の変り目にこの平原によくある烈しい西風が、今日は朝から雨を誘《いざの》うて、硝子《がらす》窓に吹きつける。沈欝な秋の日に乗客はほんの数えるばかり、出札の河合は徒然《つれづれ》に東向きの淡暗《うすぐら》い電信取扱口から覗《のぞ》いては、例の子守
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