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はるかに火薬庫の煙筒は高く三田村の岡を抽《ぬ》いて黄昏《たそがれ》の空に現われているけれども、黒蛇のような煤煙はもうやんでしまった。目黒川の対岸《むこう》、一面の稲田には、白い靄《もや》が低く迷うて夕日が岡はさながら墨絵を見るようである。
私がさる人の世話で目黒の停車場《ステーション》に働くことになってからまだ半年には足らぬほどである。初めて出勤してその日から私は千代子のあでやかな姿を見た。千代子はほかに五六人の連れと同伴《いっしょ》に定期乗車券を利用して、高田村の「窮行《きゅうこう》女学院」に通っているので、私は朝夕、プラットホームに立って彼女を送りまた迎えた。私は彼女の姿を見るにつけて朝ごとに新しい美しさを覚えた。
世には美しい人もあればあるもの、いずくの処女《おとめ》であるだろうと、私は深く心に思うて見たがさすがに同職《なかま》に聴いて見るのも気羞かしいのでそのままふかく胸に秘めて、毎朝さまざまの空想をめぐらしていた。
ある日のこと、フトした機会《はずみ》から出札の河合が、千代子の身の上についてやや精《くわ》しい話を自慢らしく話しているのを聞いた。彼は定期乗車券のこと
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