で毎月彼女と親しく語《ことば》を交すので、長い間には自然いろいろなことを聞き込んでいるのであった。
千代子は今茲《ことし》十七歳、横浜で有名な貿易商正木|某《なにがし》の妾腹に出来たものだそうで、その妾《めかけ》というのは昔新橋で嬌名の高かった玉子とかいう芸妓《げいしゃ》で、千代子が生まれた時に世間では、あれは正木の子ではない訥弁《とつしょう》という役者の子だという噂《うわさ》が高く一時は口の悪い新聞にまでも謳《うた》われたほどであったが、正木は二つ返事でその子を引き取った。千代子はその母の姓を名乗っているのである。
千代子の通うている「窮行女学院」の校長の望月貞子というのは宮内省では飛ぶ鳥も落すような勢力、才色兼備の女官として、また華族女学校の学監として、白雲遠き境までもその名を知らぬ者はないほどの女である。けれども冷めたい西風は幾重の墻壁《しょうへき》を越して、階前の梧葉《ごよう》にも凋落《ちょうらく》の秋を告げる。貞子の豪奢《ごうしゃ》な生活にも浮世の黒い影は付き纏《まと》うて人知れず泣く涙は栄華の袖に乾《かわ》く間もないという噂である。この貞子が世間に秘密《ないしょ》で正木
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