私にははっきりわかった。暑気と、疲労と、今の事の衝撃《ショック》とで早められて、リヴジー先生の預言した熱病が、明かにずんずんとひどくなっていたのだ。
その頂上は、このあたりでは開けていて気持よく歩けた。前に言ったように高原は西の方へ傾斜しているので、私たちの進む途は少し下り坂になっていた。松の樹の大きいのや小さいのが広く離れて生えていたし」肉豆蒄や躑躅《つつじ》の叢の間でさえ、広く開けた空地が熱い日光に焼けていた。私たちは、島を突っ切ってほとんど北西に進んで行くと、一方では「遠眼鏡山の肩の下にますます近づき、また一方では、私が一度|革舟《コラクル》の中で揺られて震えていたことのあるあの西側の湾がますます広く見渡せた。
そのうちに例の高い木の中の一番初めの木のところへ着いたので、方位を取ってみると、その木ではないとわかった。二番目の木もそうだった。三番目の木は一|叢《むら》の下生《したばえ》の上に二百フィート近くも高く空中に聳え立っていた。巨人のような植物で、赤い幹は小屋ほどの大きさがあり、その周囲の広い樹蔭《こかげ》では歩兵一箇中隊でも演習が出来たろう。これは島の東の海からも西の海からも遠くから目につくし、海図に航海目標として書き入れられていたかも知れないくらいのものだった。
しかし今私の道連《みちづれ》の者どもの心を動かしたのは、その木の大きさではなかった。それは、その拡がった樹蔭の下のどこかに七十万ポンドの黄金が埋めてあるということであったのだ。彼等が近づくにつれ、金《かね》のことを思う心はさっきまでの恐怖を呑みこんでしまった。彼等の眼はぎらぎらと燃えた。足は次第に速く軽くなった。心は、彼等の一人一人を彼方で待っているあの幸運、一生涯中贅沢と快楽とをさせてくれるあの財宝に、すっかり夢中になっていた。
シルヴァーは、ぶうぶう言いながら、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をついてぴょこぴょこ跳んで行った。彼の鼻孔は脹れて震えていた。その熱したてらてらした顔に蝿がとまると彼は狂人のように罵った。私に括りつけてある綱を荒々しくひっぱり、時々は恐しい顔付をして私の方を振り向いた。確かに彼は少しも自分の気持を隠そうとはしなかった。そして確かに私はその彼の気持を印刷物のように読み取った。こうして黄金のすぐ近くへ来ると、他のことはすべて忘れてしまっていたのだ。彼のした約束も医師から聞いた警告も二つとも過去の事だったのだ。そして、彼が宝を手に入れ、夜陰に乗じてヒスパニオーラ号を見つけ出して乗り込み、この島にいる正直な人々を一人残らず叩き殺して、初めにもくろんでいた通りに、罪悪と財宝とを積み込んで出帆してしまいたいと思っているのだということは、私には疑うことが出来なかった。
こういう懼れで心が乱れていたので、宝探しの連中の速い歩調に後れずについて行くのは私には辛《つら》かった。折々私は躓《つまず》いた。シルヴァーが綱を荒々しくひっぱったり人殺しのような眼付で私を睨みつけたりしたのは、その時だったのだ。私たちより後れてしまって、今では殿《しんがり》となっているディックは、熱が上り続けているので、一人でべちゃくちゃと祈ったり罵ったりしていた。それもまた私のみじめさを増したが、その上、挙句の果に、私は、神をも敬わぬあの青い顔をした海賊が――唄を歌ったり酒を持って来いと喚いたりしながらサヴァナで死んだという男が――かつてこの高原で手ずから六人の同類を殺したという惨劇のことを思って、悩まされたのであった。今はこのように平和なこの森も、その時は悲鳴で鳴り響いたに違いない、と私は思った。そして、そう思っただけでさえ、その悲鳴がまだ鳴り響いているように思われてならなかった。
私たちは今や茂みの縁に来た。
「ばんざあい、兄弟、みんな一緒に行くんだぜ!」とメリーが叫んだ。そして先頭にいる者が急に駆け出した。
と、突然、十ヤードと先へ行かないうちに、彼等が立ち止ったのが私たちに見えた。低い叫び声が起った。シルヴァーは、魔に憑かれた者のように※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖の足で土をはね跳ばしながら、歩む速さを二倍にした。そして次の瞬間には彼と私もぴたりと停った。
私たちの前には大きな掘った穴があった。側面が落ち込んでいて、底に草が萌え出ているところからみると、ごく昨今に掘ったものではなかった。この穴の中には、二つに折れた鶴嘴《つるはし》の柄《え》と、幾つもの荷箱の板が散らかっていた。その板の一つに、海象《ウォルラス》号という名――フリントの船の名――が、烙鉄で烙印を押してあるのを、私は見た。
すべてが疑う余地のないほど明白であった。隠してあった物は見つけられて奪われてしまったのだ。七十万ポンドはなくなってしまったのだ!
第三十三章 首魁の没落
この世の中にこれほどの顛倒は決してなかった。その六人の者は銘々まるでぶん殴られでもしたかのようだった。しかし、シルヴァーだけには、その打撃はほとんど直ちに過ぎ去った。それまでは彼は競馬馬のようにあの金のことばかりにひたすら心をはやらせていたのであった。ところが、それがたちまちにしてぴたりと止められたのである。そして彼は少しもあわてず、気を取直し、他の者たちがまだ失望を自覚するだけの余裕がないうちに自分の計画を立て変えてしまった。
「ジム、」と彼が囁いた。「これを持って、面倒の起った時の用意をしていてくれ。」
そして彼は二つの銃身のあるピストルを一挺私に渡してくれた。
同時に彼は北の方へ静かに動き出して、数歩行ってその穴を私たち二人と他の五人との間にあるようにした。それから私を見て、「なかなか危いことになったぞ。」と言うかのように頷いてみせたが、実際、私もそうだと思った。彼の顔付は今はすっかり親しそうになっていた。こんな風に絶えず変るのに私も反感を起して、「君はまた寝返りうったんだね。」と囁かずにはいられなかった。
彼にはそれに答えるだけの余裕がなかった。海賊どもが、罵り喚きながら、相次いで穴の中へ跳び降り始め、板を脇へ投げ出しながら、指で掘り始めたのである。モーガンが金貨を一枚見つけた。彼は罵り言葉を続けざまに吐きながらそれを差し上げた。それは二ギニー金貨で、十五秒ほどの間彼等の手から手へと渡されていた。
「二ギニーだぜ!」とメリーが、それをシルヴァーに振ってみせながら、呶鳴《どな》った。「これがお前《めえ》の言う七十万ポンドけえ? お前は商売《しょうべえ》のうめえ人間じゃあなかったかね? お前は今までに何一つやり損ねたことのねえ男だと、この唐変木の間抜めが!」
「ずんずん掘って見ろよ、手前《てめえ》たち。」とシルヴァーは落着き払って横柄に言った。「豚胡桃《ぶたぐるみ》でも出て来るだろうぜ」きっとな。」
「豚胡桃だと!」とメリーは金切声で繰返した。「兄弟《きょうでえ》、あれを聞いたか? うん、確かにあの男は何もかもみんな知ってたんだぞ。奴の面《つら》を見ろ。ちゃんとあそこに書《け》えてあるぜ。」
「へん、メリー。」とシルヴァーが言った。「また船長《せんちょ》になるつもりか? 手前は押《おし》の強《つえ》え野郎だよ、まったく。」
しかし今度はだれも皆全然メリーの味方をした。彼等は、恐しい眼付をして背後を振り向きながら、穴から這い上りかけた。ただ一つだけ私たちに都合のよさそうなことを私は認めた。彼等は皆シルヴァーと反対の側に上って行ったのである。
こうして、私たちは、一方に二人、もう一方に五人、穴を間にして立ったが、だれ一人第一撃を始めるだけの勇気を出す者はなかった。シルヴァーは身動きもしなかった。※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をついてまっすぐに立ったまま、彼等を見つめて、いつもの通りに自若としているように見えた。確かに、彼は勇敢な男であった。
とうとう、メリーは口を利いた方がよいと思ったらしかった。
「兄弟、」と彼が言った。「奴らはあすこに二人っきりだぞ。一人は、己たちみんなをここまでつれて来て、己たちをこんなぶざまな目に遭わせやがった、老いぼれの不具《かたわ》だ。もう一人は、己が心の臓を抉《えぐ》り出してくれようと思ってる餓鬼だ。さあ、兄弟――」
彼は声を張り上げ片腕を振り上げて、明かに突撃の指揮をするつもりだった。しかしちょうどその時、――ばあん! ばあん! ばあん!――と三発の小銃弾が茂みの中から飛んで来た。メリーは真逆さまに穴の中へ転がり落ちた。頭に繃帯をした男は独楽《こま》のようにくるくるっと※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ってから、横向にばったりと倒れて、その場で死んだが、まだぴくぴく動いていた。他の三人はくるりと向を変えて一所懸命に逃げ出した。
瞬きする間もないうちに、のっぽのジョンは※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いているメリーにピストルの二つの銃身から発射した。そしてメリーが断末魔の苦悶をやりながら彼の方に眼をぐるりと向けると、彼は、「ジョージ、己がお前を往生させてやったのだね。」と言った。
同時に、医師と、グレーと、ベン・ガンとが、肉豆蒄の木の間から、まだ煙の出ている銃を持って私たちのところへ跳んで来た。
「前へ!」と先生が叫んだ。「全速力だ、みんな。奴らとボートの間を断《た》たなきゃならん。」
それで私たちは非常な速さで駆け出して、時には胸のところまである藪の中も突き抜けて走って行った。
しかしシルヴァーだけは私たちに後れずについて来ようと一所懸命になっていたのだ。その男が胸の筋肉が張り裂けそうなくらいに※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖をついて跳びながらやりおおせた業《わざ》は、普通の健全な体の人間でもとても及ばぬ業であった。これは先生もそう言っておられる。そういう訳で、私たちが傾斜面の頂上に着いた時には、彼はすでに私たちより三十ヤードくらいの後にいて、今にも息も止りそうになっていた。
「先生、」と彼は呼びかけた。「あすこを御覧なさあい! 急ぐこたぁありませんぜ!」
確かに、急ぐ必要はなかった。高原のもっと開けた処に、三人の生き残った者たちが、初めに駆け出したと同じ方向に、まっすぐに後檣《ミズンマスト》山の方へ、まだ走っているのが見えた。私たちはすでに彼等とボートとの間にいるのだ。それで、私たち四人は腰を下して息をついたが、その間に、のっぽのジョンが、顔の汗を拭いながら、ゆっくり私たちに追いついて来た。
「どうも有難うごぜえました、先生。」と彼が言った。「あんたは、わっしとホーキンズにとっちゃ、ちょうどいい時に来て下せえましたようで。で、やっぱりお前《めえ》なんだな、ベン・ガン!」と言い足した。「うん、お前は確かに面白《おもしれ》え奴だよ。」
「俺《わし》はベン・ガンだよ、そうさ。」と島に置去りにされた男は、もじもじして鰻のように体をくねらせながら、答えた。「で、」と彼は大分永く間をおいてから言い足した。「変りはねえかい、シルヴァーさん? まず達者だよ、有難う、ってとこだろう。」
「ベン、ベン、」とシルヴァーは呟いた。「お前に一|杯《ぺえ》喰わされようとはな!」
医師は、謀叛人どもが逃げる時に棄てて行った鶴嘴《つるはし》を一挺取りに、グレーを戻らせた。それから、ボートのある処まで私たちがぶらぶらと山を下って行く間に、先生はそれまでに起った事を手短に物語ってくれた。その話はシルヴァーが心から興味を持ったものであった。そして薄馬鹿の置去り人《びと》のベン・ガンが始めから終りまでその主人公なのであった。
ベンは、島中を永い間ただ一人でさまようている間に、例の骸骨を見つけた。――それの所持品を掠奪したのは彼であったのだ。彼は宝を見つけた。そしてそれを掘り上げた(あの穴の中に折れていたのは彼の鶴嘴の柄であった)。彼はその宝を背負って、高い松の樹の根もとから、島の北東隅の二つ峯の山にある洞穴まで、うんざりするほど何度も何度も往復
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