くするぞ。これも奴さん[#「奴さん」に傍点]の洒落に違えねえ。奴《やっこ》さんとあの六人の奴だけがここへ来て、奴さんが其奴らを一人残らず殺しちまった。それからこいつ一人だけをここへひっぱって来て、羅針儀に合せて寝かしたんだよ、あん畜生! こいつあ骨が長えし、髪の毛が黄ろいな。そうだ、これぁアラダイスだろう。お前はアラダイスを覚えてるだろ、トム・モーガン?」
「ああ、ああ、覚えてるよ。」とモーガンが答えた。「あいつぁおいらに借金があったんだよ、そうなんだ。それにここへ上陸する時にゃおいらのナイフを持って行きやがったぜ。」
「ナイフって言やあ、どうして奴のナイフがここらにころがっていねえんだろな?」と別の男が言った。「フリントは水夫のポケットから物を抜き取るような人間じゃなかったし、鳥だってあんなものは持って行くめえがなあ。」
「違えねえ、そりゃほんとだ!」とシルヴァーが叫んだ。
「ここにゃ何一つ残ってやしねえ。」とメリーがまだ骸骨の中を探りながら言った。「銅貨一枚なけりゃ煙草入れ一つもねえや。これぁどうも当《あた》り前《めえ》じゃねえと思うな。」
「うん、確かに、そうだ。」とシルヴァーが同意した。「当り前でもなけりゃ、有難くもねえ、ってところさ。いやどうも驚くねえ! 兄弟。だが、もしフリントが生きてたら、ここはお前たちにも己にもよくねえ処だったろうぜ。あいつらも六人だったが、己たちも六人だ。そしてあいつらは今骸骨になってるんだからな。」
「おいらはあの人の死んだのをこの眼で見たんだ。」とモーガンが言った。「ビリーの奴がおいらをつれて入《へえ》ったんさ。すると、あの人はもう死んでて眼の上に銅貨をのっけていたよ。」
「死んだとも、――そうさ、確かにあの人は死んじまったよ。」と繃帯をした奴が言った。「だが、もし幽霊ってものが出るとすりゃ、フリントの幽霊は出るだろうて。気の毒に、あの人はよくねえ死に方をしたからな、フリントは!」
「そうさ、その通りだったよ。」と別の者が言った。「あの人は怒ったり、ラムを持って来いって呶鳴《どな》ったり、また唄を歌ったりしていた。唄と言やあの人は『十五人』ばっかしだったなあ、兄弟。で、ほんとのとこを言や、己ぁあれからってものはあの唄を聞くなぁ好きじゃねえんだ。ありゃあえらく暑い時で、窓が開《あ》けっ放しになってたんで、あの唄がとってもはっきり聞えて来たよ。――でもその時にゃもうあの人には死の網がかかってたのさ。」
「おい、おい、」とシルヴァーが言った。「その話はもうよせよ。奴さんは死んじまったんだし、幽霊になって出て来もしねえよ。少くも昼のうちは出て来はしめえ。そいつは聞違えっこなしだ。心配《しんぺえ》は身の毒さ。さあ、ダブルーン金貨を探しに前進だ。」
 私たちは出発するにはした。が、太陽がかんかん照ってぎらぎらする昼間《ひるま》であったにも拘らず、海賊どもはもう分れ分れになって森の中を走ったり喚いたりせずに、互に並んで歩き、息をひそめて話した。あの死んだ海賊の恐しさが皆の心にしみこんでいたのだ。

     第三十二章 宝探し――樹《こ》の間《ま》の声

 一つには今の騒ぎで気が滅入ったのと、また一つにはシルヴァーや病気の連中を休息させるために、一行の者全体は、高地の頂上に達するとすぐ、腰を下した。
 その高原は西の方へ幾らか傾斜していたので、私たちの休んだ場所からは、どちら側にも広い展望が見渡せた。前には、樹々の梢の上に、寄波《よせなみ》で縁取られている|森の岬《ケープ・オヴ・ザ・ウッズ》が見えた。背後には、碇泊所や骸骨《スケリトン》島が見下せたばかりではなく、東の方に――例の出洲《です》と東側の低地とをまったく越えて――渺茫たる外海までが見えた。私たちの真上には遠眼鏡《スパイグラース》山が聳え立って、一本松が点々と生えていたり、絶壁で黒くなっていたりした。聞える物音とては、島のぐるり中から響いて来る遠くの砕け波の音と、叢林の中で鳴く無数の虫の声だけであった。人影《ひとかげ》一つなく、海上には帆影《ほかげ》一つない。眺望の広大さまでがその寂蓼の感じを一|入《しお》増した。
 シルヴァーは、腰を下すと、彼の羅針儀で方位を取った。
「骸骨島から一直線のあたりには、『高い木』は三本ある。」と彼は言った。「『遠眼鏡の肩』ってのは、あそこの少し低くなった処《とこ》のことだろうと思うな。もう金《かね》をめっけるなあ造作のねえ事さ。先に腹を拵えてえような気もするな。」
「おいらは腹が空《す》いてやしねえ。」とモーガンが唸るように言った。「フリントのことを思ったんで空かねえんだろう――と思うんだ。」
「ああ、でも、お前、お前はあの男の死んでるのを有難えと思え。」とシルヴァーが言った。
「あの男は人相の悪い奴だったな。」と別の海賊が身震いしながら叫んだ。「おまけに、顔が青くってね。」
「あれゃあラムのためになったんだよ。」とメリーが言い足した。「青い! うむ、青かったねえ。それぁほんとの言葉だよ。」
 あの骸骨を見つけてこんなことばかりを考えるようになってからは、彼等はだんだんと低い声で口を利くようになり、今ではほとんど囁き声くらいになっていたので、彼等の話し声は森の静寂をほとんど破らなかった。と、突然、私たちの前面の樹立の真中から、力のない、高い、震え声で、節《ふし》も文句もよく知っているあの唄を歌い始めるのが聞えて来た。――

[#ここから3字下げ]
「死人箱《しびとのはこ》にゃあ十五人――
  よいこらさあ、それからラムが一罎《ひとびん》と!」
[#ここで字下げ終わり]

 この時の海賊どものようにひどくびっくりした人たちを私は一度も見たことがない。魔法をかけられたように六人の者は顔色を失ってしまった。跳び上る者もいたし、他の者にしがみつく者もいた。モーガンは地面にへたばった。
「ありゃフリントだ、違《ちげ》え――!」とメリーが叫んだ。
 その唄は始まった時のように突然止んだ。――だれかが歌い手の口に手をあてたかのように、歌の半ばで急に中絶した、とでもいう風であった。緑の梢の間から日光で輝いている澄んだ大気の中をずっと遠く流れて来たので、私にはその唄は軽やかに心地よく聞えた。だから他の連中がそんなに恐しがっているのは不思議であった。
「おい、」とシルヴァーは、灰色になった唇で言葉を出そうと努めながら、言った。「こいつぁいけねえ。出かける用意をしろ。これぁどうも変なこった。己にはあの声はだれだかわからねえ。だが、あれぁだれかが悪戯《わるさ》をしてるんだ、――だれか正体のある人間がだ、それにゃ違えねえ。」
 こう言っているうちに彼は勇気を取戻し、それと共に顔色も幾分ついて来た。すでに他の者たちも彼の励ます言葉に耳を藉しかけて、少し正気に返っていたが、その時、また同じ声が聞え出した。――今度は唄ではなくて、微かな遠くからの呼び声で、それが遠眼鏡山の谷間にもっと微かにこだました。
「ダービー・マグロー、」とその声は哀哭する――それがその声を最もよく言い現す言葉であった――ように言った。「ダービー・マグロー! ダービー・マグロー!」と幾度も幾度も繰返し、それから少し声を高めて、ここには書かない罵り言葉と共に、「ラムを船尾へ持って来おい、ダービー!」と言った。
 海賊どもは地面に根が生えたように立ち竦み、眼玉が顔から跳び出そうであった。その声が消えてしまって永くたっても、彼等はなおも無言のまま恐しそうに前を見つめていた。
「もう確かだぜ!」と一人が喘ぐように言った。「帰《けえ》ろうよ。」
「あれぁあの人の死ぬ時の言葉だった。」とモーガンが呻くように言った。「あの人がこの世で一番おしめえに言った言葉だ。」
 ディックは自分の聖書を取り出して、ぺらぺらと祈祷した。彼は、船乗になって悪い仲間に入る前には、よい育ちであったのだ。
 それでも、シルヴァーは参らなかった。歯をがちがち鳴らしているのが私には聞えたが、しかし彼はまだ降参していなかった。
「この島にゃダービーのことを聞いた奴はだれもいねえはずだ。ここにいる己たちの他《ほか》には一人だっていねえはずだが。」と彼は呟いた。それから、強いて元気を出して、「兄弟、」と叫んだ。「己はあの金を取りにここへ来たんだ。人間にだって悪魔にだって負けやしねえぞ。フリントが生きてる時だって己は奴がちっとも怖《こわ》かなかったんだ。死んでるあいつなんか怖《こえ》えもんか。ここから四分の一マイルとねえ処に七十万ポンドって金があるんだ。青っ面《つら》をした大酒飲みの老いぼれ海員《けえいん》の――それも死んでる奴が怖えってって、そういう大金《てえきん》に尻《けつ》を見せて逃げるなんて分限紳士が、どこの世界にあるけえ?」
 しかし彼の手下の者たちが元気を盛り返す様子は一向になかった。実際、むしろ、彼の言葉が死者に対して不遜なのにますます恐しがるようだった。
「止《や》めろよ、ジョン!」とメリーが言った。「幽霊に逆うなよ。」
 その他の者たちに至っては皆すっかり恐しがって返事をすることも出来なかった。彼等はそれだけの勇気があったならてんでに逃げ出したことであろう。だが恐怖のために彼等は互に寄り合い、ジョンの大胆さが自分たちを助けてくれるかのように、彼のすぐ近くにいた。彼の方は、自分の弱気をかなりに抑えつけていた。
「幽霊だと? うむ、そうかも知れねえ。」と彼は言った。「だが、己には腑に落ちねえことが一つある。山彦《やまびこ》がしたな。ところで、影のある幽霊なんてだれも見たことがねえ。とすればだ、幽霊に山彦なんかあってどうするものかね? そいつは変だろ、確かにな?」
 この論拠は私には甚《はなは》だ薄弱に思われた。しかし何が迷信家の心を動かすかわからぬもので、私の驚いたことには、ジョージ・メリーが大いに安堵した。
「うむ、そりゃそうだな。」と彼が言った。「お前は利口だよ、ジョン、確かに。さあ、引返《ひっけえ》すんだ、兄弟! 己たちゃやり口が間違ってると思うよ。考えてみると、なるほど、あれぁフリントの声みてえだったが、やっぱり、あの人の声そっくりじゃなかったぜ。あれぁだれか他の奴の声に似てたな、――あれぁあのう――」
「ベン・ガンさ、きっと!」とシルヴァーが呶鳴《どな》った。
「うん、そうだ。」とモーガンが、膝をついていたのを跳び立ちながら、叫んだ。「ありゃベン・ガンだよ!」
「それだってあんまり変りはねえだろ?」とディックが尋ねた。「ベン・ガンだってここに生きていねえことは、フリントと同じだ。」
 しかし年をとった方の海員たちはこの言葉を鼻であしらった。
「なあに、ベン・ガンなんかだれも気にかけやしねえ。」とメリーが叫んだ。「死んでいようが生きていようが、だれも気にかけやしねえや。」
 彼等の元気が恢復し、顔色も普通になって来た様は、驚くべきほどであった。間もなく彼等は一緒にしゃべり出し、時々話をやめて聞耳を立てた。それっきり何の声も聞えて来なかったので、やがて皆は道具を肩に担って再び出発した。メリーは、骸骨島から一直線に皆を歩かせるために、シルヴァーの羅針儀を持って先に歩いて行った。彼の言ったのはほんとうだった。死んでいようが生きていようが、ベン・ガンのことなどだれも気にかけはしなかった。
 ディックだけはまだ例の聖書を手に持って、歩きながら恐しそうにあたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]していた。しかしだれも彼に同情する者はなく、シルヴァーなどは彼の用心を冷かしさえした。
「己ぁ言ったろう、」とシルヴァーが言った。――「お前は聖書を駄目にしたんだって己ぁ言ったろう。誓言をするだけの役にも立たなくなったものを、幽霊が怖がるとでもお前は思ってるのか? これっぽちの値打もねえぜ!」と彼は、※[#「木+裃のつくり」、第3水準1−85−66]杖でちょっと身を支えながら、太い指をぱちっと鳴らした。
 しかしディックは気が楽になるはずもなかった。実際、その若者が病気に罹っているのが間もなく
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