して運び、ヒスパニオーラ号の到着する二箇月前から、宝はそこに安全にしまってあったのである。
医師は、あの攻撃のあった日の午後に、この秘密をベン・ガンから聞き出すと、また、その翌朝、碇泊所に船のいなくなったのを見ると、シルヴァーのところへ出かけて行って、今ではもう無用のものになった例の海図を彼にやり、――ベン・ガンの洞穴にはガンが自分で塩漬にした山羊の肉が十分に貯えてあるので、シルヴァーに食糧もやり、――柵壁から二つ峯の山まで安全に移る機会を得るために何もかもやってしまった。その山の方にいれば、マラリヤに罹る恐れもないし、金の番をすることも出来たからである。
「君について言えばね、ジム、」と先生が言った。「私はそうしたくはなかったんだ。だが私は、義務を守っている人たちにとって一番いいと思ったことを、したのだよ。で、君がその人たちの中の一人でなかったとすれば、それはだれの咎《とが》だったろうかね?」
その朝、海賊どもが先生のために怖しい失望をすることになっているので私がその捲添えを喰うに違いないということに気がつくと、先生は洞穴までずっと駆け通しで帰り、船長を護るのに大地主さんだけを残して、グレーと置去り人とをつれて出発し、あの松の樹のそばの近くにいられるようにと、島を対角線に突っ切って進んで行った。けれども、間もなく私たちの方の一行が先に進んでいることがわかったので、足の速いベン・ガンを前に走らせて、一人で彼の出来るだけのことをさせることにした。その時に、彼は昔の船友達の迷信を利用してやろうと思いついた。それが大いにうまく当ったので、グレーと医師もやって来て、宝探しの連中の到着しないうちにすでに待伏せしていることが出来たのである。
「ああ、」とシルヴァーが言った。「ホーキンズをつれて来たのはわっしにゃ仕合せでした。さもなけりゃ、あんたはジョン爺《じい》をずたずたに切らせて、何とも思いなさらなかったでしょうよ、先生。」
「何とも思わなかったろうて。」とリヴジー先生は機嫌よく答えた。
そしてこの時分には私たちは快艇《ギッグ》のところへ着いていた。医師は鶴嘴《つるはし》でその中の一艘を打ち壊し、それから私たちみんなはもう一艘の方に乗り込んで、北浦をさして海路で※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って行こうと出発した。
それは八九マイルの航行であった。シルヴァーは、もうほとんど死にそうなくらいに疲れていたけれども、私たち他の者と同様にオールを取らされ、舟は間もなく穏かな海の上をずんずんと飛ぶように進んだ。間もなく私たちは海峡を通り抜けて、島の南東の角を狙った。そこは四日前にヒスパニオーラ号を曳綱で曳いて入った処である。
二つ峯の山のそばを通り過ぎる時に、ベン・ガンの洞穴の黒い入口と、そのそばに銃に凭《もた》れて立っている人の姿とが見えた。それは大地主さんだった。私たちはハンケチを打ち振って万歳を三唱したが、シルヴァーの声もだれにも劣らないほど熱誠にそれに加わった。
さらに三マイル進み、ちょうど北浦の口を入ったところで、私たちの出会ったのは他《ほか》ならぬ、ひとりで動いているヒスパニオーラ号だった。この前の満潮で浮き上ったのだ。そしてもし南の碇泊所のようにひどい風があったり強い潮流があったりしたならば、船はもう二度と見られないところへ流れて行ってしまったか、あるいはどこかへ坐礁してどうにも出来なくなってしまっていたろう。しかし実際は、大檣帆《メーンスル》が破損した以外には、悪くなったところはほとんどなかった。それで、別の錨をつけて、それを一尋半の水の中へ落した。私たち一同は、ベン・ガンの宝蔵《たからぐら》に一番近い地点であるラム入江へと、再び漕いで※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]った。それからグレーが一人だけで快艇を漕いでヒスパエオーラ号へ戻り、そこで番をしてその夜を過すことにした。
浜から洞穴の入口までは緩い傾斜をなして上っていた。その頂上で、大地主さんが私たちを出迎えた。私には彼は懇ろに親切にしてくれて、私の脱走したことについては、叱るにも褒めるにも一|言《こと》も言わなかった。シルヴァーが丁寧なお辞儀をすると、少しむっと赤い顔をした。
「ジョン・シルヴァー、」と彼は言った。「お前は非常な悪党で詐欺師だ、――実に驚くべき詐欺師だよ。私はお前を告訴するなと言われている。だから、しないつもりだ。しかし死んだ人たちが磨石《ひきうす》のようにお前の頸《くび》にぶら下っているのだぞ(註八三)。」
「どうも有難うごぜえます、はい。」とのっぽのジョンは、またお辞儀をしながら、答えた。
「私に有難うなんてよくも言えたもんだ!」と大地主さんが叫んだ。「私としては自分の義務を非常に怠ることになるんだ。退《の》いていろ。」
それから私たちみんなは洞穴へ入った。そこは広い風通しのよい場所で小さな泉と清水の水溜りがあり、その上には羊歯《しだ》が蔽いかかっていた。床《ゆか》は砂地であった。大きな焚火の前に、スモレット船長が寝ていた。そして、遠くの方の隅には、大きな山のような貨幣と、四辺形に積み上げられた黄金の棒とが、焚火の焔にただぼんやりとちらちら光っているのが見えた。それが、私たちが手に入れようとして遥々やって来た、そしてまたヒスパニオーラ号からすでに十七人の生命を失わさせた、フリントの宝なのであった。それを集めるために、どれだけ多くの血が流され悲しみが味われたか、どれだけの立派な船が海原《うなばら》で船底に孔をあけて沈められたか、どれだけの勇敢な人々が眼隠しされて船側の板を歩かせられて海に落ちたか、どれだけの大砲の弾丸が撃たれたか、どれだけの恥辱と虚偽と残虐とが行われたか、恐らく、生きている人間でそれを語り得る者は一人もなかったろう。だが、それらの罪悪にそれぞれ与《あずか》り、またそれぞれその報酬に与《あずか》ろうと望んでその甲斐《かい》のなかった人間が、その島にまだ三人いるのであった。――シルヴァーと、年寄のモーガンと、ベン・ガンとだ。
「来給え、ジム。」と船長が言った。「君は君の縄張ではいい子供だよ、ジム。だが君と私とがもう一度一緒に航海に出ようとは私は思わんな。君は生れつきあまり人気者なので私には手に負えんよ。そこにいるのはお前だな、ジョン・シルヴァー? おい、何しにここへ来たのだ?」
「わっしの義務をやりに戻って来ましたんで、はい。」とシルヴァーが答えた。
「ふむ!」と船長が言った。そしてそれっきり何も言わなかった。
その夜私が味方の人たちに囲まれて食べた晩餐の何と楽しかったことか。また、ベン・ガンの塩漬の山羊の肉や、ヒスパニオーラ号から持って来た幾つかの珍味や一罎《ひとびん》の年|経《へ》た葡萄酒で、その食事の何とおいしかったことか。確かに、それ以上に楽しげな幸福な人々はまたとなかったに違いない。そして、そこにはシルヴァーもいて、ほとんど焚火の光の届かない後の方に坐っていたが、しかしうまそうに食べ、何でも用のある時にはすぐに前へ跳んで来るし、私たちの笑う時にはおとなしく声を立ててそれに加わりさえした。――まったく、航海に出かけて来た時と同じあの柔和な、慇懃な、従順な船員であった。
第三十四章 それから結末
その翌朝、私たちは早くから働き始めた。この恐しくたくさんの黄金を浜まで陸路で一マイル近く運搬し、そこからボートでヒスパニオーラ号まで三マイル運搬するのは、そのような小人数の働き手にはずいぶんの仕事であったからである。まだ島をうろついている三人の奴は、大して私たちに面倒をかけなかった。山の肩のところに歩哨を一人だけ立たせておけばいかに不意に襲って来ても十分大丈夫だったし、その上、彼等は戦闘にはもう十二分に懲々《こりごり》していると私たちは思ったのだ。
だから作業はどしどし進められた。グレーとベン・ガンとはボートで往復し、彼等の行っている間にその他の者は浜に宝を積み上げた。綱の端にぶら下げた二本の金の棒は、大人一人に十分な荷で、――それを持ってのろのろと歩けるくらいのものだった。私は、運ぶのには大して役に立たないので、一日中洞穴の中にいて、せっせと金貨をパン嚢の中に詰め込んでいた。
それは実に珍しい蒐集物《コレクション》だった。いろいろな貨幣のある点ではビリー・ボーンズの箱の中にあった金《かね》と同じであったが、それよりはずっとたくさんでもありずっと種々雑多でもあったので、私にはそれを種類分けするのがこの上もなく面白かった。イギリスや、フランスや、スペインや、ポルトガルなどの貨幣があり、ジョージ金貨や、ルイ金貨もあれば、ダブルーン金貨、ダブル・ギニー金貨、モイドー金貨、セクィン金貨(註八四)もあり、過去百年間のヨーロッパのあらゆる国王の宵像を刻した貨幣があるかと思うと、糸の束か蜘蛛の巣のように見えるものを押刻した珍奇な東洋の貨幣もあり、丸い貨幣に四角い貨幣、それから頸にかけでもするかのように真中に孔を穿った貨幣まであって、――世界中のほとんどあらゆる種類の金《かね》がこの蒐集物の中にあったに違いないと思う。数はと言えば、確かに秋の木《こ》の葉のようにあったので、私の背中は屈んでいるために痛くなり、指はそれを択り分けるのでずきずきしたくらいであった。
次の日もまた次の日もこの作業が続いた。毎日夕方になると一財産が船に積み込まれるのだが、しかし次の一財産が翌朝を待っているのだった。そして、この間中、私たちはあの三人の生き残っている謀叛人の消息を少しも聞かなかった。
とうとう、――三日目の晩だったと思うが、――先生と私とが、島の低地を見下せる山の肩のところをぶらぶら歩いていると、その時、下の真暗な闇の中から、叫んでいるようでもあり歌っているようでもある声が風に運ばれて来た。私たちの耳に届いたのはほんの少しで、その後はすぐ元の静寂に返った。
「可哀そうにな。あれぁ謀叛人どもだよ!」と先生が言った。
「みんな酔っ払ってるんで。」とシルヴァーの声が私たちの背後からした。
シルヴァーは全然自由を許されていたと言ってもよく、また、毎日剣もほろろの扱いを受けていたにも拘らず、自分ではもう一度すっかり特権を与えられた親しい従者になったつもりでいるようだった。実際、彼がそういう馬鹿にされた待遇を実によく忍んで、絶えず飽くまでも慇懃にみんなに取入ろうと努めていたことは、非常なものであった。それでも、だれも彼を犬以上にはあしらわなかったと思う。そうでないのは、ベン・ガンか、私くらいのもので、ベン・ガンは昔の按針手《クォータマスター》をやはりひどく恐れていたのだし、私は事実彼に感謝すべきことがあったのだ。もっとも、実際、私には他のだれよりも彼を悪く思ってもいい理由もあったように思う。というのは、彼があの高原で新たな裏切りを企《たく》らんでいるのを見ていたからであるが。そういう次第で、医師が彼に答えたのはかなり素気なかった。
「酔っ払っているか譫語《うわごと》を言っているかだ。」と先生が言った。
「仰しゃる通りでごぜえますよ。」とシルヴァーが答えた。「そして、どっちだってちっとも構やしません、あんたにもわっしにも。」
「お前は自分を慈悲深い人間だと言ってくれとは言うまいな。」と先生は冷笑しながら答えた。
「で、私の気持を聞いたらお前は驚くかも知れんよ、シルヴァー君。だがもし彼等が確かに譫語を言っているものとわかればだ、――あの中の少くとも一人が熱病に罹っていることはまず確かなんだからな、――私はこの野営地から出て行って、自分の体にはどんな危険を冒そうとも、自分の医術の助けをあの連中に藉《か》してやらねばならん。」
「失礼ですが、あんた、そりゃあいけませんよ。」とシルヴァーは言った。「あんたの御大切《ごてえせつ》な命がなくなりますからね。違えありませんぜ。あっしは今じゃすっかりあんたの側についてるんでさ。だから味方の人を減らせたかぁありません。あんたはもちろんのことです。あんたにゃ御恩を受けていますからね
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